文科省の「英語入試改革」に校長たちが「理由ある反抗」(2/2)
大学入試改革の一環で行われる「英語」への民間試験導入には、全国の高校から憤怒と悲鳴が聞こえてくる。「導入まで7カ月を切っているにもかかわらず、中身がまったく詰まっておらず、現場は非常に混乱」(全国高等学校長協会会長を務める都立西高校の萩原聡校長)。懸念解消を求める要望書が文科省に再提出される事態となっているのだ。
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活用される民間試験は、ケンブリッジ英語検定、実用英語技能検定(英検)、GTEC、IELTS、TEAP、TAEP CBT、TOEFL iBTの七つ。これを受験年度の4~12月に2回まで受け、その成績が志望大学に提出される、という仕組みとなっている。
活用されるはずだったTOEICは7月2日、「受験申し込みから実施運営、結果提供にいたるまで想定以上に複雑」だとして、参加を取りやめた。その時点で、文科省のずさんな運用は指摘されていたが、来年4月の活用開始まで7カ月を切っても、試験日や会場から試験の監督方法まで決まっていないとは、受験生を愚弄しているとしかいいようがあるまい。
実は、TOEIC離脱直前の6月18日、大学教授らが8千人超の署名を添えて、民間試験の利用中止を求める請願書を野党の国会議員に提出し、記者会見も開いていた。会見に臨んだ一人、京都工芸繊維大の羽藤由美教授がいう。
「早い試験では高2の秋に申し込まなければ、来年度前半の民間試験は受験できず、大学進学の間口が狭くなります。英検の申し込みは今月18日からですが、日程しか決まっておらず、会場さえわかりません。ほかの民間試験も同様の状況です。そんななかで、地域や経済状況のほか、進学校とそうでない学校との間の情報格差も深刻です」
請願書に名を連ねた和歌山大学教育学部の江利川春雄教授によれば、民間試験には、ほかにも次のような問題があるという。
「まず、目的も評価内容も異なる7団体の計23もの試験を、セファール(ヨーロッパ言語共通参照枠)の6段階尺度で測る不公正さです。一つひとつの試験は目的や特徴が異なり、たとえるなら、子供の体力を100メートル走と走り高跳びの結果を並べて測るようなものです。それに、この尺度は言語体系が英語に近いヨーロッパ圏の学生を対象にしたもので、日本で使えば8~9割の生徒が一番下のA1、残り1、2割がA2、それ以上の成績は帰国子女など例外だけになる。それが妥当でしょうか」
(この意見には賛成。様々な団体の試験は現在の駿台や河合塾のセンター模試のように練習に使い、大学入試は民間試験同様の形式の統一試験で測るべき。アメリカはSATやGMAT、フランスはバカロレア、イギリスやシンガポールははGCES IB、他の国は知らないが、どこも、全国統一テストで高校生の学力を図っている。このデータは公開されていて学校評価にも使われている。)
羽藤教授が補うには、
「ある生徒の成績は英検でA1、別の生徒はGTECでA2だったとして、後者も英検を受けたらA1に下がる、ということも当然あるでしょう。楽によい成績がとれる試験を求めて、混乱が起こります」
(大学が生徒をA1とA2の2段階でしか評価しないなんて考えられない。もしかして筆者は英検も級しかないと思っているのかな。今の民間検定は全て細かなスコアが表示される。)
江利川教授の話に戻ると、
「高校の教育課程と民間試験の内容との間に整合性がありません。たとえばTOEFLの問題には、アメリカ人教授が1分間講義する内容をどの程度理解できるか、を問うものもある。高校までの学習内容をどの程度理解しているかを見るのが共通テストの目的なのに、明らかにダブルスタンダードです。それに英検とGTECを利用する受験生が多いといわれ、それ以外の5社は採算が合わなければ撤退の可能性もあります。その試験に向けて勉強している受験生が振り回される可能性もあるのです」
(この意見は的外れ:TOEFLやIELTS ケンブリッジは、英検2級に余裕で受かるB1以上でないと歯が立たない問題。帰国子女や海外を視野に入れている生徒が対象。一般の高校生には能力的にも価格的にも英検かGTECかTEAPが妥当)
素人の案を官邸がゴリ押し
なぜ民間試験なのか、経緯を確認しておく必要もあるだろう。江利川教授は、
「グローバル化が進むなか、ビジネスの場で使える英語力を習得した人材がほしい、という要求が財界で高まり、それに官邸が応えるかたちで始まったのです」
と、遡って説明する。
(もっともです:社会に有為な人材を育成するのが教育の目標の一つ。シンガポールやオーストラリアの中高の保護者会では、「今、IT革命で社会で必要な能力はこうなりました。こういう能力は不要になり、これからはこういう能力が求められるようになります。そういう能力を育てるために、当校ではこういうことを教育します」ってわかりやすく説明してくれていた。そしてその時の教育も6年後の今は変わっているようだ。)
「まず13年4月、経済同友会が“大学の英語入試にTOEFLを大規模に導入する”と提言し、その年の6月に安倍内閣は、大学入試で外部検定試験の活用をめざす“第2期教育振興基本計画”を閣議決定しました。本来なら共通テストにスピーキングの試験を加えるべきですが、財務省も予算をつけることに消極的で、安易で危険な“民営化”に踏み切ったのです」
(先ほども書いた通り、現在の一般的な高校生の英語力では状予算的にも学力的にもTOEFLはA1A2の生徒にはかなり難しい問題。英検 GTEC TEAP は日本の高校生にはとても適している。)
そして、こう踏み込む。
「民間組織が絡むと利権や癒着が発生しがちです。14年、文科省が設置した“英語力評価及び入学者選抜における英語の資格・検定試験の活用促進に関する連絡協議会”のメンバーに、英検やベネッセの人間が入ったのは、教科書選定に出版社が関わるようなもの。またTOEFL活用を提言した楽天の三木谷浩史社長は、文科省の“英語教育の在り方に関する有識者会議”の委員を務め、14年から2年間、社員を文科省に出向させ、英語教育改革に従事させました。楽天は17年に英語教育市場に参入し、傘下の教材会社社長にその社員が就任したのです」
(入試改革の連絡協議会のメンバーに英検やベネッセが入ってくれたのは国民として逆にありがたい。なぜなら、彼らは国には作れない良質の入試試験を作る能力があるからだ。問題は、文科省が最終試験まで全て民間に丸投げしてしまったこと。利権というより独占禁止法に繋がるのではないか。今ベネッセはオンライン英会話を開発し学校や塾に提案している。ベネッセは学校改革を進めてくれる素晴らしい企業で忙しい教員や生徒や保護者にとって救世主だと思う。しかし、大学入試問題作成企業が、教材まで作ってしまったら、競合他社は太刀打ちできなくなる。これから日本の高校や塾は、ベネッセの教材を使い、ベネッセのオンライン英会話を生徒に受講させ、ベネッセから情報をもらい、GTECを受験させるだろう。ベネッセに支払う余裕のない学校や自治体は非常に不利な状況に置かれる。英語入試を民間に丸投げしてはいけないと私が考える最大の理由。私の提案は、最終試験は、今回作られた民間試験の技術を使って、国が4技能検定を行う。内容は当日まで文科省が機密を守る(当たり前だ)。英検やGTECには現在の駿台や河合塾のセンター模試のように予想問題を作ったり練習の機会を提供したりしてもらう)
そのうえで江利川教授は、
「専門家や現場の声を無視して改革を進め、素人が作った案を官邸がゴリ押しする構図。人の一生を左右する入試が、こんなプロセスで決められていいのか」
と憤る。
(「専門家や現場」とは、日本の英語力を世界最低レベルにしている責任者だ。「素人」とは、英語を使い、世界を相手に仕事をし、日本が世界の発展から取り残されていくことを認識し、危機感を持っている人たちだ。「ゴリ押し」したのは改革が父として進まないからだ。
30年前から変わらない入試問題やそれに合わせた高等教育、私たちはずっと「専門家や現場」が自己改革してくれるのを待っていた。ところが一向に変わらない。その間も年間何十万人もの生徒が不要な難問対策に貴重な時間を取られる。
入試問題が変わらないから、日本の英語教育が変わらない、進学校の英語教師は、生徒の将来にとって必要な教育ではなく、入試で高得点を取る教育をする。それがその後使われないものであっても。今の時代、他に学ぶことは他にたくさんあるのに。「憤る」のは一般国民だ。)
文科省はなぜ取り下げないのか
先の会見に並んだ東大名誉教授の南風原朝和(はえばらともかず)氏は、国立大学協会の問題も指摘する。
「17年6月、国大協として文科省の案に対し“公平な評価ができない”“経済的格差による不公平さ”などの懸念を示しました。ところが同年11月、懸念はなにも解決していないのに、民間試験の使用を受け入れたのです。その決定は、各大学への意向調査期間が1週間程度という不透明な状況で進められ、大学の英語教員でさえ、調査があったことすら知らないことが多かった。前に進めるのが前提の、形だけの調査でした」
そして、こう加える。
「旧帝大は東大、京大、名大が民間試験の受験を必須とせず、北大と東北大は一切使わないと言っています。しかし、比較的体力がない国立大には文科省から“決めた流れに沿ってほしい”と、圧力に近い要望もきていると聞きました」
現場からは、民間試験活用は「システムとして成立しないので中止すべきだ」という声ばかりが聞こえるが、文科省はなぜ愚策を取り下げないのか。
(入試改革を「愚策」という人は、なぜ改革が必要なのかわかっているのか。英語を使っているのか?この筆者に会ってみたい)
「民間企業に試験運営を丸投げしているため、国は業者に依頼したり、圧力をかけたりすることしかできません。だから具体的な解決策につながらないのです」
(国にはGTEC 英検CBT TEAPのようなIT技術を駆使した問題は作れなかった。そういう意味ではいくつもの業者がしのぎを削ってくれたのはありがたい。これを今更使わないなんてよく言えたもんだ。)
と羽藤教授。文科省OBで、京都造形芸術大学教授の寺脇研氏によれば、
「僕のころは、大臣の命令でも現場に反対が多ければ、時間をかけるように提言できた。でも政治主導のいまは、官邸に“20年までに”と言われたらやらざるをえない。現場の声を知っている役人のなかには、忸怩(じくじ)たる思いを抱えている人も少なくないと思います」
(現場が大変なのはわかる。先生たちはいつも忙しそうだ。だから何十年も変えられなかったのだ。官民みんなで力を合わせて協力していい試験システムを作らなければいけないのだ。官僚こそシンガポールに留学してほしい。牛歩はもうごめん)
そもそもの改革の方向性に疑問符をつけるのは、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏である。
「読む、書く、聞く、話すの4技能の向上という基本的な方向性は正しいと思いますが、四つの能力を低レベルで揃えても国際社会で使えるわけではない。それよりも読む力を問うべきで、読む力さえあれば聞く、書く、話すは後からついてきます。私が外交官試験を受けたときは英文和訳と和文英訳のみで、それはいまも変わらないと聞きます。センター試験では社会で必要な英語力が測れない、という制度改革の出発点自体が間違っているのです」
(佐藤優さんが外交官試験を受けられたときには、インターネットもなければ、Google翻訳もなかった。和文英訳問題があればいいが、それすらないのが今の共通テスト。一度見て欲しい。長文の羅列だ。私は翻訳のプロだが、最近はGoogle翻訳も使う。間違いが無いかチェックしているが、最近のGoogle翻訳は実に優秀だ。リーディング問題もだんだん必要なくなっていく。ますます共通テストが時代のニーズからかけ離れていく。)
改革によって入試から公正さを奪い、学力も正しく測れないようにする。官邸と文科省が進む道は、日本人と国力に対する破壊活動そのものではないのか。
(格差は今でも存在する。そして今回の改革が延長されたことで教育格差がもっと広がる。なぜなら、全国で4技能が教えられる道が延期されたからだ。そして、今回の延期期決定により、日本と世界との格差がまた広がるのだ。
(青字 文責 新美真理子 ご意見はこちらへ )
「週刊新潮」2019年9月26日号 掲載